【毒親育ち宗教2世】 強要・支配・過干渉から脱出した (前編)

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古い小学校の教室

宗教2世の私が、ずっと誰にも言えず抱えてきた母親との確執です。

吐き出させてください!
っと言うのも、
極々親しい一部の友人にしかお話したことがないのです。
一部分を誰かにお話したところで、親の愚痴や悪口にしか思われないでしょうし、
誰しもが親を大切にしたいと思っています。
ですが、もしも、私と同じ様な境遇(新興宗教)に苦しんでいる方がいらっしゃるとしたら、
一人じゃないんだと、少しのお力にでもなれれば嬉しいです。

すみません、前置きが長くなりました。

お話させていただきます。

目次

母が新興宗教に入信

私が小学校低学年の頃に、母は新興宗教に入会しました。
と、同時に私も強制的に入会させられました。

理由はわかりません。
父は無関心で、反対も賛成もしませんでした。
私には兄が一人いるのですが、何故か母は私に執拗に干渉強制していました

毎日お経をあげること、新興宗教の集まりが月に数回あるのですが、それも強制的に連れられ行かされました。

まだ子供だった私は、始めの頃は何も思わず、言われるがままにその様な生活を送ってましたが、
だんだんと大きくなるにつれ、子供ながらに母の理不尽さ、非常識さ、自己中心的な性格に気づくのでした。

「起きなさい」
「ご飯食べなさい」
「お風呂入りなさい」
「寝なさい」
全てのことを、命令口調で言われる生活でした。

母は、少し複雑な話になると理解できないのか、
それとも理解したくないのか、
「はいはい」っと適当に返事され、
話を聞いてはくれませんでした。

会話のキャッチボールや
大事な話や相談は一切できませんでした。

よく電車に乗って、宗教の集まりや会場に連れて行かれたのですが、
電車に乗るたび、前の人の背中を押す。
同じ親子連れの方と、帰りにタクシーを待っていた時、
タクシーが止まった途端、なんの躊躇も遠慮もなく「じゃあ!」と先にタクシーに乗った事も、
強い記憶として私の中に残っています。

宗教中心の生活

自分で言うのもなんですが、わりと勉強もスポーツも頑張る方でした。

しかし、いくら頑張っていい結果を出しても、
母に、「ママが新興宗教頑張ってるからや!」
逆に悪い事や残念なことになると
「あんたが新興宗教もっと頑張れへんからや!」
と言われ続けました。

高校、短大受験に合格しても、その様に言われました。
もちろん進学についての相談は乗ってもらえず、自分で考え決めました。
褒めてもらった事って、今までなかった様な気がします。
ただ母の機嫌が良くなるだけでした。
(きっとあれば覚えていると思います)

プライバシーなんて、全くありませんでした。

たびたび私が留守の時を見計って、引き出しの中、鞄の中など詮索されてました。

あまりにも我慢できなくて、母に詰め寄りやめて欲しいと懇願したのですが、
逆に、「誰に育ててもらってるの!!」
と怒りを爆発されるだけだした。
そんな言葉吐かれたら、子供としては何も言えません。

自分らしく生きたい!
気が変になる!
早くここから抜け出したい!
死んでしまいたい!

こんな気持ちと葛藤しながら毎日を過ごしていました。

高校生になり、私にも彼氏ができました。
その彼氏のお母さんに、私に無断で電話をかけ「いい話を一緒に聞きに行きませんか?」
と新興宗教の集まりとは説明せず、その場所に連れて行ったそうです。

当然彼氏のお母さんは気分を害されて、私との交際を反対されました。
後に彼氏がなんとか説得して、治ったのですが、益々逃げ出したい!
と言う気持ちが強くなる出来事でした。

短大生になると、幸いにも学校とバイトに忙しく、家にいる時間も短くなり、
以前と比べると少しは楽でしたし、2年間はあっという間でした。

しかし、就活の時期になり、やはり私の希望する会社に入社することは叶えられませんでした。
強制的に、新興宗教の人が経営されている会社に就職させられました。

もちろん社内全員、新興宗教の人間です。

いったいいつになれば母からの束縛から解放されるのだろう、、、
と思い悩んでいたのですが、その会社は実家から遠く、
その会社の寮での生活 = 家から抜け出せる
と言う事がわかり、私は逃げる様にして家を出るのでした。

(後編)へ続きます

〜最後まで読んでいただき、ありがとうございました。〜


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